働き方改革が
街にやって来た。
作 ・ 井上和幸
「あと何袋だ?」
「ええと…まだあと200袋は残っていると思います、、、」
「うーむ、仕方ないなぁ、今月の残業枠、すでに90%消化してしまってるんだ。
今日はもう切り上げて帰りなさい。」
ボスの声掛けに、僕らはあからさまな不満顔をしながら、
「は〜い…。」
と答えて、作業の手仕舞いを始めた。
当社はサンタ共和国にある民間企業の中でも99.7%に入る中小企業。
従業員は社長のボスと、課長、先輩、僕と後輩二人の総勢6名。
それでも父と息子二人でやっている多くの他社に比べれば、まだましなほうだ。
「先輩、これ、24日の配達までに、袋詰め作業終わりますかね…。」
「いやー、キツイなぁ、下手すると半分残すぞ、どうする?」
「どうするって、だって残業しちゃダメなんでしょう。。。」
サンタ共和国に、働き方改革法案が導入されたのだ。
発端は、ご時勢柄の世界的な過重労働批判の矢面に
このサンタ共和国もついに立たされ、先進各国で
「サンタたちは19世紀以前の過酷な強制労働に苦しめられている」
「ESGでないサンタ共和国からのクリスマスプレゼントを子供達に
受け取らせるのは、教育的観点から非常に望ましくない」
などの世論に負けて、サンタ共和国王と議会が苦渋の決断をした形となった。
数年前に定められた法案に基づき、移行措置が取られつつも
毎年一定比率で残業時間規制が厳しくなっており、ついに今年は
従来通りの割り当て荷受け(ご存知、24日に全世界の子供達に届ける
クリスマスプレゼントの配送業務だ)が捌き切れない状況に突入しつつあるのだ。
「でもなあ、なんで他国に言われて、こんな働き方を強制されなきゃならないんだ?」
課長が外套を羽織りながら呟く。その背を追いかけながら、僕も、
「そうですよ!僕らはこの時期、夜を徹しても働きたいんだ。
子供達の喜ぶ顔が楽しみで、これまで必死に働いて来たのに、それを奪うなんて!」
昨年新卒入社の後輩二人は、それを聞いて、
「でも、僕たち世代は、
一袋あたり予算がいまの100倍だったバブルの時代を知りませんから、
労働時間規制も、まあ、必要かな〜なんて思っちゃいますけどね」
課長、先輩、僕で顔を見合わせて、無言で苦笑い。
ここで、アホボケカスなど言った途端に、パワハラで訴えられかねない。
「あ〜あ、これまで30年、なんのために頑張って来たんだろうなぁ。。」
課長がボソッと嘆く。
「やりがいだけで、キツイ仕事頑張って来たのも、今や<洗脳>とか
言われちゃいますしねぇ。」
と先輩。
プレゼントには今や、規定労働時間内に作られたことを証明する「安心安全梱包マーク」
を貼ることが義務づけられている。
もちろん偽装や嘘は会社及び個人に重罰刑が課されることになる。
「今年はまた、予定配送先のうちの3〜4割が未配になるね。」
一度未配となった家には、翌年以降は配達してはいけないルール。
こうして毎年毎年、サンタからのクリスマスプレゼントが届けられなくなる家が出る。
そして、その家の子供、家族から、サンタクロースは忘れられていくのだ…。
袋詰めが間に合わなそうなプレゼントの山を、
課長、先輩、僕、そして後輩たちで恨めしそうに見つめ、
帰宅の途につこうと、僕たちは会社のドアを開けた。
空から、ぽつり、ぽつりと雪が舞い降り始める ------。
「今年はホワイトクリスマスになるかな?」
「…、なるといいですね。」
誰からともなく、回れ右をして、僕らはもう一度、会社に戻ることにした。