
日本企業の「現場力」、欧米企業の「経営力」のハイブリッドを目指せ
日本人に特有のコミュニケーション技術「すり合わせ」が効果を発揮することがある。しかし、すり合わせは万能ではない。なぜかといえば妥協を生みやすいから。では企業が目指すべき方向は。
あなたは、ビジネスの現場で、「すり合わせ」という言葉を聞いたり使ったりしませんか。この言葉は、2人、ないしは数名で意見を調整し、合意するときに使われます。信頼し、尊重し合った者同士が、お互いの知識や意見を出し合い、その相違点を明確にし、お互いの溝を埋めるために「歩み寄る」。それによって、お互いに納得のゆく合意形成を行うというものです。
実はこの「すり合わせ」、日本人に特有のコミュニケーション技術なのです。欧米のビジネスマンにこの言葉を説明しようとしても、なかなか理解してもらえません。
例えば、日本の自動車産業はすり合わせ型の産業といわれており、これほどの活況を呈しているのは、すり合わせの技術によるといえます。一般に、すり合わせ技術は、日本人の優位性のひとつとして、好意的に捉えられています。1例として、日本のとある自動車メーカーで働く、商品企画部の高橋さんと設計部の鈴木さんの「すり合わせ現場」をのぞいてみましょう。
高橋:今回、エンジンの重量を5パーセント軽量化してほしいんです。
鈴木:性能は10パーセント強化してるんですよ。
高橋:だからこうして相談に来ているんです。
鈴木:じゃ、燃焼室を設計変更して、そこで性能を稼ぐしかないですね。コストは若干上がります。それに、試験内容を見直さなければならない。実車試験のスケジュールにも影響が出ますよ。
高橋:多少のコストの上昇は、現段階であれば吸収できます。実車試験のスケジュールは、明日、実験部と掛け合うので気にしないでください。
このすり合わせの結果、新型エンジンは、性能目標と軽量化目標の両方を達成することができました。車両全体のコストも計画内に収まり、予定通りに発売が開始されました。すり合わせが効果を発揮した好例といえるでしょう。しかし、すり合わせは万能ではありません。マイナス面を露呈することもあります。なぜかといえば、すり合わせは、妥協を生みやすいからです。
そもそも、ものごとにトレードオフ(共存できない、相反する要素)はつきものです。これを解決するすべがあれば、それは差別化の武器になりますが、そう簡単ではありません。すり合わせでは、たいてい、お互いの目的にできるだけ近づけるような「落としどころ」を模索します。それは、ときとして妥協につながります。
もう一度、高橋さんと鈴木さんの会話をみてみましょう。
高橋:今回の新製品は、10月末までに販売できないと、他社に先を越されてしまうんです。
鈴木:開発チームも目いっぱいなんです。
高橋:じゃ、11月の中旬くらいにはなんとかなりませんか。
鈴木:高橋さんがそこまで言うなら仕方ないですね。それでなんとかしましょう。他の役員連中は大丈夫ですか。高橋さんに、開発日程をずらす権限なんてあるんですか。
高橋:役員連中には来月の定例会議で承認をとるから平気だよ。ダメと言われても、もう間に合わないけどね。
鈴木:それもそうですね。
このようなすり合わせを繰り返した結果、新製品の発売は、3カ月遅れてしまいました。この遅れは、他社に独占販売時期を与えてしまっただけでなく、ブランドイメージ構築の好機まで与える結果となりました。個別に落としどころを見つけたがために、そもそものビジネスの目的を逸脱してしまったわけです。
日本企業の「すり合わせ」は、責任の所在を曖昧にしたままに、とかく、その場限りの「部分最適」へと向かってしまいます。
一方、欧米企業ではどうでしょうか。
わたしがかつて所属していた外資系企業での調整は、両者にとって都合のいい、バランスのとれた合意点を模索するというものではありませんでした。事業計画の作成やその実現に向けた調整では、相手の意見、要望に耳を傾けても、それらを鵜呑みにしたりはしませんでした。最終的な判断は、組織から権限を与えられた特定の人物に委ねられていたからです。この判断は、関係者とのバランスを実現するためではなく、常に、自分の使命である「ビジネスゴールの達成」に向けられていました。
組織が利用できる経営資源は限られているため、ビジネスには「全体最適」の観点が欠かせません。ビジネスでの活動は複雑な依存関係を含んでおり、そこでの相乗効果や重複によるムダにどう対処するかが明暗を分けるからです。欧米企業の長所は、この「全体最適」にあるといえるでしょう。
ビジネスを「部分最適」の積み上げとして考えるのか、それとも統制のもとでの「全体最適」として考えるのか。これは日本企業と欧米企業のビジネスのやり方に違いを生む、決定的な要素のひとつとなっています。
「部分最適」の積み上げとは、すなわち、現場の力に頼ったボトムアップ型のビジネススタイルです。日本企業でこのようなビジネススタイルが定着したのは、現場の「すり合わせ」による意思決定が威力を発揮してきたからだといえます。一方、欧米企業のビジネスは、経営陣による「全体最適」に基づいた判断で動く、トップダウン型のスタイルといえるでしょう。

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これまで日本企業は、優秀な現場に支えられて高度成長を果たしてきました。ところが、近年ビジネス環境は複雑さを増し、現場が自ら設定した目標や実現手段は組織のゴールと一致しなくなりました。企業内に乱立する「部分最適」が、投資の非効率やビジネス活動の矛盾を招くことさえあります。
日本企業が世界市場を席巻した時代は、製品力で勝負が決まる単純な競争の時代でした。しかしその後、インターネットの普及は数多くの選択肢を人々にもたらし、顧客ニーズは多様化しています。また、企業間のパートナーシップが強い影響力を発揮するようにもなりました。独立していたビジネスが組み合わされることで、新しい価値を生み出しています。
競合が激化したうえに販売価格まで下落し、収益性が悪化してしまった業界では、これまでは手を付けてこなかった先進技術の分野でも「作るか買うか(新たな投資をしてまで自社で作るのか、それとも他社のものを買ってきてすませるのか)」の選択肢が重要になっています。
かつては新製品に飛びついていたお客様も、相次ぐ機能強化や性能向上で製品に実用上の問題がなくなったことを理由に「旧製品のままで十分だ」と言い、新製品には手を出さなくなりました。そんな人たちは、画期的なアイディアや革新にしか興味を示しません。
欧米企業は、このようなビジネス環境の複雑化に対し、「全体最適」を進めることで事業拡大してきたのです。これはなにも「すり合わせ」に限った話ではありません。日本が世界に誇る「現場力」全般にいえることです。時代は移り、「現場力」のあり方も見直すべき時期にきたのです。
とはいえ、すり合わせに代表される「現場力」の価値がなくなってしまったわけではありません。「現場力」を持ち合わせていない欧米企業には、日本企業にはない不自由さもあります。合理的ではありますが柔軟性には欠けるため、現場のスピードはあがりません。日本企業の現場力は、欧米企業にとってはいまだに脅威なのです。
そう考えると、経営は欧米企業、現場は日本企業という組み合わせには、相応の魅力があります。組織のピラミッドを、経営をつかさどる上半分と現場力をつかさどる下半分の二階層に分離し、その間をミドルマネジメントがつなぐわけです。
昨年出版した「意思決定の仕組み作り」(日経BP)は、そんなマネジメントモデルを提案しています。日本のエグゼクティブの中には、欧米企業のビジネスの仕組みや長所、短所を理解していない人も多くいます。次のステップアップに向けた選択肢を広げるためには、この理解は不可欠です。今回の内容に興味を持っ人には、ぜひ紹介したい一冊です。