
今までの「日本」の話をしよう――震災後を生き延びるための仕事哲学
すべての幸福な企業は互いに似ている。不幸な企業はそれぞれの仕方で不幸である。必要なことは似ている「幸福」を知ることでなく、それぞれの不幸のパターンをできうる限り知っておくこと。
人は過去から学ばない
「人は過去から学ばない」というのがわたしの座右の銘ですが、もしかすると「日本人は過去から学ばない」なのかもしれません。そういう意味では「戦後」も「震災後」も何にも変わっていません。
その顕著な例が震災直後の外資系の行動と日本系企業の行動の差でしょう。外資系企業が原発のニュースに接するやいなや、直ちに帰国または関西、九州への本部機能の移転を実行した一方、東京に本社を置くほとんど日系企業はそういった事をしませんでした。
外資系の企業には震災や有事の際のマニュアルがあり(特に東京は地震が多いのだから、そういったものを想定することは彼らとしては当たり前なのかもしれません)、他方、誰よりも地震とのつきあいが長いはずの日系企業は、どうやらほとんどそういった事を想定していなかったようです。
これはなぜなのか? わたし自身が思うに、「戦後」の教育において良い過去も悪い過去も一緒くたに捨てられてしまったからなのではないかと。今回津波の被害を被った街の丘の上には「想へ惨禍の大津浪、此処より下に 家を建てるな。」という津波の記念碑があったという逸話があります。この石碑は1896年に建てられたモノだったそうですが、その言い伝えを残念ながら100年後の我々は聞き取ることができませんでした。
同様に東京が帝都と呼ばれていた戦時中、米国から無差別爆撃(国際法違反)で、工場を東京から移転した企業は多数あったはずなのに、その教訓も上手く生かすことはできませんでした。
拙書「マッチポンプ売りの少女」第10話で「インゴッドは死んだ」では戦後すぐの1947年に日本で起こった「預金封鎖」について書いていますが、ほんの60年前に起こった大事件をわたし自身も周りの人間も知らないことに驚きを隠せませんでした。
手元にある紙幣は2週間後に使えなくなり、交換しに行くと強制的に銀行口座に貯金させられ、口座から引き出せるお金は雀の涙、その間にインフレは進行し、価値がどんどん失われていった時代があったことを、ほとんどの日本人は覚えてないのです。
ですから、今後日本で似たような事が起こっても、また同じように一般の企業や個人は大損し、国だけが丸儲けするでしょう。そうならないためにどうすべきか、わたしは過去を学ぶ、特に失敗を学ぶことではないかと考えています。
過去を学ぶ、特に失敗を学ぶ
「すべての幸福な家庭は互いに似ている。不幸な家庭はそれぞれの仕方で不幸である。」とは『アンナ・カレーニナ』の冒頭の有名な言葉ですが、これは「すべての幸福なビジネスパーソンは互いに似ている。不幸なビジネスパーソンはそれぞれの仕方で不幸である。」「すべての幸福な経営者は互いに似ている。不幸な経営者はそれぞれの仕方で不幸である。」「すべての幸福な企業は互いに似ている。不幸な企業はそれぞれの仕方で不幸である。」と言い換えることができるでしょう。
であれば、必要なことは似ている「幸福」を知ることでなく、それぞれの不幸(失敗)のパターンをできうる限り知っておくことです。そして、それらを逆の視点から見ることができるようになれば、不幸は一転して幸福への道筋になります。
例えば、自分にとって「不都合な真実」が流されると致命的であることは、ネット社会の現代では常識ですが、逆に「都合の悪い事実」を流させない方法をみつけたとある企業の成功例が、マッチポンプ売りの少女の一話「ゴーグルをかけた猫」で紹介されています。
一方、業界そのものの信頼を破壊してしまったかわりに、自社商品が長い間低迷していて困窮していた企業が、とある企業と結びつくことで、世間に大々的にアプローチする方法を発見し、短期で他社を圧倒した手口などを「コブラの魔法使い」では紹介しています。
仕事に対してのアプローチとして、もし行き詰まっているのであれば、人の挫折談や企業の失敗から、それが実は誰かの利益になっていないかと類推し、その手法をまねするという視点から考えてみる、または同じように失敗したケースの他社、他者を探して、彼らがどう復興したかを調べてみてはどうだろうかというのがわたしの提案です。
世界には、今回の震災と同じように津波で被害を被った企業はたくさんあるでしょうし、部品の供給元会社が1社しかないにもかかわらず、そこから供給が途絶えた会社、放射能汚染された食品や部品をどう処理したかも、東欧の歴史をひもとけば必ず見つかるはずです。それらを徹底的に調べて、現代の日本、現代の技術、現代の商習慣に沿って、カスタマイズすれば、それは新しい成功法則になるのではないかと思います。
インターネットの普及でわたしたちはなんでも知っているつもりでいますが、知っているようで知らない話はまだまだたくさんあります。(というよりもネットの出現で全てを知ることがますます不可能になりました)
今回の本を書くに当たって、調べていけば、調べていくほど誰も気にしないことをいいことに、利益を上手く掠め取っている企業、団体がたくさんいることを知りました。そして、恐ろしいのは、それが氷山の一角でしかなく、普通の人が気付かない、気付けない場所でたいした仕事もせず、稼いでいたりします。
決して目立とうとしない彼らの手法は、戦前戦後関係なく有効でありながら、ビジネス書で紹介されることもなく、ひっそりと密やかに活用されています。もしあなたが、それらの世界の近くにいるならば、その手法を前向きに活用することで、得るモノがあるかもしれません。
その視点作りのきっかけに拙書「マッチポンプ売りの少女 童話が教える本当に怖いお金のこと」が役立てば幸いです。